| 89年 |
四日市中央工業高校入学
1年生時よりレギュラー組として活躍。
『第70回全国高校サッカー選手権』優勝、
『インター杯』3位にチームを導く。 |
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| 92年 |
横浜フリューゲルスに入団
ドイツへの短期留学を経て、Jリーグデビュー
『Jリーグ・ヤマザキナビスコカップ』準決勝進出
『第73回天皇杯・全日本サッカー選手権大会』優勝 |
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| 96年 |
アビスパ福岡に移籍 |
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| 98年 |
JFL大分トリニティ(現・大分トリニータ)に移籍 |
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| 同年 |
JリーグJEF UNITED市原に参入戦の切り札としてレンタル移籍
高校時代のチームメイト中西永輔(横浜Fマリノス)・小倉隆史(ヴァンフォーレ甲府)らが同チームにそろい、『四中工三羽烏』と呼ばれ、精神的支柱としてチームを盛り上げる。 |
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| 01年 |
大分トリニータに復帰 |
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| 02年 |
J1ベガルタ仙台に移籍。
シーズン前のキャンプ中に左膝前十字靱帯損傷、選手生命の危機に立たされる。手術とリハビリを経て、03年4月ベガルタ仙台デビュー。 |
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一年におよぶリハビリ生活の中で、今の「体幹体操」の原型となるトレーニングを学ぶ。太りやすい体質が改善され、復帰後のプレーは選手生活のなかで最もスムーズだったといえる。しかしながら、7月に試合中の接触により右足親指の付け根を負傷。 |
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| 04年 |
J2ヴァンフォーレ甲府移籍
最年長としてチームを引っ張るものの、右足親指が完治せず7月をもって引退。 |
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日本サッカー協会公認B級指導者ライセンス取得 |
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| 07年 |
伊勢ペルソナFC監督へ就任 |